ちょっとぞくっとする話
- 7月23日
- 読了時間: 7分

…梅雨明けしてから連日猛暑。本日酷暑日になりそうですね🗿💦
ブログの更新更新と思っていたらもう週末になってしまいました。
仕事もさることながら子供行事、習い事、それに伴う役員仕事、会議、会議…涼しい時間帯にちょこちょこと庭木の剪定を始めて、草むしり、草刈り。なんやかんやで夏は忙しい~!
ただ今週は暑さに身体もなれてきてだるさもなく、今週末からの子供の夏休みに備えてすこぶる仕事に集中してます。先週パチュリさんに身体メンテナンスもしてもらって良かった。
夜もこの辺りは22度ほどに下がるのでエアコンなしでも比較的涼しく寝られて、この時ばかりは長野ならではの寒暖差に感謝。タイミング良く年明けに子供部屋と居間を冷やせるようにエアコン取付ていたので、今年の猛暑も乗り切れそうでホッとしています。
さて、先週末の3連休初日は宮田の祇園祭。私の村には牛頭天王を祀った社があります。宮田の旧家には愛知県の津島牛頭天王の掛け軸があるので、愛知県の津島神社とのご縁を想像できます。連日暑い日が続いていたのに不思議にもこの日は一日曇りでとても涼しく過ごしやすい1日。そのままお祭りもまわりやすくて神社にお参り。神様に感謝✨
この祇園が過ぎると梅雨明けというのが古くから言われているのですが、正に次の日梅雨明けして何だか不思議。
という事で、神様と言えばで猛暑にちょっとぞくっとする話。
とある芸能人の神社。(わかる人にはわかると思います。お笑い芸人さん)昨年何の神様を祀っているのかなと気になって調べてみたのですが、その祀っている神様にぞくっとしました。人気取りで人を呼び込むにはホラー過ぎる人物。神様と呼べるのかと思ってしまうほど…。妊婦の腹を裂いてその胎児を見たり、人の髪を抜いて木登りをさせ、木の根元を切り倒し、登らせた者を落として殺して面白がった。そんな人。
もうホラーというより残虐なその異常な行為を読むと気持ち悪くなるので、数々の異常行為の2つだけを書きましたが(あとは祭祀を検索して調べてみてください)、これだけ見てもかなり気持ち悪くて正直私はいくら有名芸能人の神社とはいえども参拝したいと思わないのですが、そんな事は調べもせず皆ご利益を求めて参拝している。
気になるのは何故そんな人を神として祀っているのだろうか。。
そうやって調べると政財界諸々との繋がりも見えてくるので、芸能界で売れるというのは才能だけでなくとも何かしらの操作がある事は確かだなと思う。他にも昔ちょこっと調べただけでもかなり特殊な家柄、血筋の芸能人が多い。そしてこれも辿っていくと一つに繋がるのだから面白い。
今の皇族継承順位等も頑なに男系にしたいのにもまた別の理由があるのだと伺える。だからといってこの芸能人が嫌いとか皇室批判でもないですw。私には別世界のお話で正直どうでもいいからです。
ただ確信できるのは歴史は簡単に変えられるし、物語は簡単に書き換えられる。
その当時の権力者によって神様を仕立て上げる事もできる。
都合の良く「神様」という名前を利用して世の中を動かしている人間は沢山いる。
そう、帝王学的に言えば自分たちに都合の良い世界を設計している。
そしてこんなことを言っている人がいた。AIが生まれた事によってより解ってくる人間の特殊な能力。それは存在しないものを信じられる事。
え?スピリチュアル?と思いがちですがそれだけではなくてこの社会自体が実は存在しない。よく仮想現実とかこの世は幻想と言われるのはここにリンクする。
国家、宗教、お金、企業、株式会社、著作権、法律、人権
これらはどれも存在しない概念で、物理的には存在しないし、目の前にもない。(お金は別の物質で作られている)でも人類は信じる。しかも集団で信じている。
こうした神様もそうなのかもしれない。
例えばライオンに株式会社の○○です。といってもライオンは解らない。
サルに国家予算について議論しましょうと言われても通じない。
何故か。存在しないから。
だからこそ、人類は巨大文明を作ることが出来た。
そう、人類は事実によって動いているのではなく、物語によって動いている。
国家も、企業も、資本主義も、民主主義も物語。
そして私たちの人類文明そのものも物語。
これについてはこちらにもちょこっと記載してますので、気になる方は読んで見てください。→自分の物語を生きる
人類は共有された物語を現実に変換する能力を持っている。
これが今現在、人類だけが持つ特殊能力だと。とてもはっとしたのでここに書いておきます。
見方を変えれば人間が本来持つスピリチュアルな能力をわざと利用して幻想を見せることで本来の能力を解らなくさせている、忘れさせているとも捉えられるなとも感じた。※あくまで私の個人的考察です。
そうしてみると、スピリチュアルビジネスや歴史・神話ビジネスの勢いがすさまじいのもこれなのかと腑に落ちる。私もそうやって調べたりしていたから。
となると神話とはとても危ういものでもあるなとも感じた。スピリチュアルは自分でも体感できるので(それも今では個別であやふやになってますが)、その感覚に基づいて精査できるけど、歴史ばかりは本や詳しい人の話を聞いたりするしかない。だから世に言われている歴史や神話を探究しても結局?だから真実は?で止まってしまい。そうこうするうちにまた新しい口伝やらが登場してキリが無くこれが本物、あれはやっぱり偽物しか言わないので探究を辞めたのも腑に落ちる。
時代の変化と文明の変化に合わせてその都度その時代の支配者にとって都合が良いシナリオが描かれるから、有識者によっても解釈、表現は変わるし、書いてはいけない事はお達しがあるだろうし、人間や全く存在しない新しい神様を作っちゃったり、脚色しちゃったり、そんな事はざらにある様に思う。だって、現代もそうなのだから。
そうやっていくうちに様々に手が加えられて、本当の情報は溢れ結果シナリオがぐちゃぐちゃになっちゃってたりして…とか。どんなにルーツを辿ってもある程度しか辿れない、真実には出会えない。
結局前から書いているように自分の感覚を大切にするのが一番で、先ず情報が無いまっさらな状態で体験したり感じ取ったこと、もの、不思議な出来事。自分が感じたり体感したその感覚が最重要で、その次に私が体験した事は何だったのか?を調べる。そうして精査する。私個人はこの順序に尽きるなと確信した。
更に、昨年までのnoteに書いた思い込みが作用してしまう場合があるという事の裏付けでもある。情報が先に来るとそれを信じ込んで判断してしまう。宗教は特に。
見えないだけで存在しているものは沢山あって、古代の人は少なくともそれを常に感じながら、それらと共存して過ごして生きていた。それだけは事実として縄文時代などの土器や遺蹟なんかを見ても想像が出来る。
けれどそれらを都合よく利用して、大事な部分は隠され、より見えなくさせられているようにも思えて少しだけ寂しくも感じる。それでも古代の人たちがもっと精霊とかそうした存在を身近に感じて過ごしていたと思うだけでふっと違う世界に連れて行ってくれるから不思議。これが人間の特殊能力なのかなと客観的に見るとちょっと面白いし、5感を感じられるこの肉体あってのことなのかなと思うと、そんな能力をフルに使わなくては勿体ない気もしてくる。人間は溢れる情報に流されて本来の人間の事、本来の能力を忘れて、情報でもよく知らされないままAI時代を迎えているのかもしれません。
ふと立ち寄った神社に行って気分がすーっと晴れて、祀られている神様に感謝。
この何気ないシンプルな動作が実はとても貴重で特殊なものに感じられて、大切にしなくてはいけない事のようにも思う。ちょっとぞくっとする話から随分話が逸れてしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました🌱
暑中お見舞い申し上げます♪アブラカタブラ~✨














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